時事中年

〜デイリー・ジャポン〜

スピリチュアルの敷居が低くなっている・・・「マイナスイオン」なんてないからね。

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  テレビを見、ラジオを聴いていると、「スピリチュアル」の敷居が低くなっている。

 
 先日NHKの情報番組を見ていると、両国にあるお寺(名は伏せていたが、おそらく回向院のことと思われる)にある鼠小僧のお墓を削り、その粉を持っていると入試、就活に勝つことができるそうだ。

 
 鼠小僧はどんな屋敷にも入る=どこにでも入れる、という験かつぎ出そうだ。

 
 それはよい。

 
 しかし4月の頭からこんなスピリチュアルなことをやるかなぁと思った。
 
 地元のラジオではパーソナリティがこんなことを言っていた。

 
 「ペットボトル2本に同じ水を入れて、片方には『ありがとう』と書いた紙を巻いて、もう片方には何もしないで同時に凍らせた。そしたら『ありがとう』を巻いたペットボトルの氷の結晶は完璧な形できれいだった」

 
 いまだにこんなエセ科学を信じているのは驚きだが、なんのためらいもなく公共の電波で言っていいのかと思う。「ありがとう」は素敵、と言いたい気持ちはわかるが、スピリチュアルでまとめるのは、言葉を使う職業の人としてどうなのか。

 
 私のこのブログの第1回目では、22年前のオウム事件のことを少し書いたが、あの頃はスピリチュアルがバッシングを受けていた。あのくらいでちょうどよいと思っていたが、視聴者、リスナーに受けるものはやるだろうな、そりゃ。

 
 最後に「滝のそばに行って、マイナスイオンいっぱい浴びてきた! リラックスできた!」ってあれ全部ウソだからね。サッカク。薬でいうプラセボ。「マイナスイオン」なんてないんだから。

 

水はなんにも知らないよ (ディスカヴァー携書)

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